|
===================================== 〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。 ・ 世 : [よ, せい] 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation ・ 神 : [かみ] 【名詞】 1. god ・ 神聖 : [しんせい] 1. (adj-na,n) holiness 2. sacredness 3. dignity ・ 聖 : [ひじり, せい] 1. (pref) saint 2. st. ・ ー : [ちょうおん] (n) long vowel mark (usually only used in katakana) ・ 皇帝 : [こうてい] 【名詞】 1. emperor ・ 帝 : [みかど] 【名詞】 1. (1) emperor (of Japan) 2. mikado 3. (2) (the gates of an) imperial residence
ハインリヒ5世(Heinrich V, 1086年8月11日 - 1125年5月23日)は、ドイツ王(在位:1106年 - 1125年)、神聖ローマ皇帝(在位:1111年 - 1125年)。ザーリアー朝第4代で最後の王。ハインリヒ4世と皇后でサヴォイア伯オッドーネの娘ベルタの子。ハインリヒ5世の死去をもって、ザーリアー朝は断絶する。 == 生涯 == ===父への反逆=== 1086年、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世の次男として生まれた。当時は皇帝と教皇の間で、教会の叙任権を巡って熾烈な闘争が展開されていた(叙任権闘争)。こうした中、兄のコンラートは父の方針に従わず、十字軍を提唱したことで知られるローマ教皇ウルバヌス2世に恭順の意を示していた。この態度を受け、父は1098年のマインツの王国会議で、次男のハインリヒをドイツ王位継承者として定めた。 しかし、継承者とはいえハインリヒに政治的実権はなかった。この状況に不満を持ったハインリヒは、兄と同じく父に叛旗を翻した。有力諸侯やローマ教皇もハインリヒを支持し、再びマインツで開かれた王国会議でハインリヒの王位が承認された。父はこの会議の後間もなく死去した。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「ハインリヒ5世 (神聖ローマ皇帝)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
|